​引き算と引き算の和(Æg 白金台)

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Æg(エッグ)とはデンマーク語で「卵」のこと。
命のみなもとであり、ここから生まれ出る、すべてを包み込むイメージだ。

新北欧料理は、2004年にデンマークのクラウス・マイヤーらが提唱した10か条の「マニフェスト」(北欧の地域と食材をリスペクトして社会的活動に広げていくことを目的としたもの)をきっかけに、それから10年あまりの短い間にも、どんどん変わっている。私自身が北欧に通い始めた2010年からだけでも、かなり変わったように見える。
確固とした体系のもとで発展してきたフランス料理と対照的だ。

Ægは今年9月にオープンした。
お店のテーマは「北欧と和の融合料理」だという。

シェフの辻村直子さんは、デンマーク料理を出す「カフェ・デイジー」(六本木・現在は閉店)を18年経営したのち、ご主人の出身地であるコペンハーゲンに移り住み、ベーカリーで勤務後、モダンノルディックレストラン「Geranium」(ミシュラン3つ星)で学んだ。

コースは全11皿。
軽いスナックと料理の二本立てなのは、モダンノルディックの定番だ。

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トピナンブール(菊芋)で作られた枯葉のチップス
2枚の味は異なり、1枚はモルトを練りこんである。土臭い香り。これからのコースをイメージさせるスタートだ。

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白菜
バーナーで提供直前にあぶっている。直火で葉が焦げたのも、そのまま焦げっぱなしで出す。

白菜そのものに味付けはなく、塩味は上にかけられた卵黄などのパウダーだけ。
隣の濃い緑のソースはほうれん草ベースの野菜のソース。色は濃いが味はなく、野菜のうま味のみ。
周囲のオイルは針葉樹からとった自作のオイル。ソースに味がつけられていないので、繊細な緑のオイルの香りが強調されている。

この、見た目と味が違う…というのは辻村さんの修業先Geraniumの料理を食べたときに感じたことだった。
辻村さんいわく、確かにそういう、見た目と実際の味をわざと変える傾向はあるらしい。

私たちはこれまでの習慣で、料理の色が薄いと味は薄味かと想像し、色が濃いと味も濃いと考えてしまう。
この料理は、その思い込みを覆す。

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厚岸の生牡蠣、姫サザエの赤ワイン煮、マテ貝風のスナック
生牡蠣の上のソースは、ヨーグルトの上澄み。
牡蠣のミルク分とヨーグルトに、ディルの香り。そこに、酢漬けにされた黄色い花びらが酸味を添える。花びらだけが酸っぱいので、酸味が全面を覆っているのと違う繊細さが出る。

牡蠣の手前で写真に写っていないが、マテ貝ふうの黒いチップスはゲラニウムで出されていたものだ。中にホタテが詰められている。辻村さんが「Geraniumで何百回作ったかわからない」スナックだそうだ。

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Geraniumで出たチップス(2010年)

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若鶏のスープに温泉卵、ながいも、白トリュフ、香茸
卵と鶏の親子コンビに土の中のものコンビは合う。
お碗で口をつけて頂く仕草は、和食のイメージだ。

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馬肉のタルタル、チョコとフォアグラの卵
写真左手の地衣類は、現地から持ってきたもの。
この香りをかぐと、北欧の空気の湿った土っぽい香りを思い出す。

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真鯛
えぐみのない春菊と蕪でスープ仕立て。こちらは洋のイメージだが、食材は和食だ。

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マスの寿司
魚・肉料理のあとで〆のごはん。
甘さの少ない赤酢の酢飯に味付けは最小限のマス。複雑な香りをもつ酸味がする。
マスの上に載せられた、発酵させて細かく刻んだニシンの酢漬けだ。

「あっ、これ、スモーブローじゃない?」

確かに。酢飯がライ麦パンで、マスやサーモンを載せている見立てだ。

デンマークでは、スモーブローというオープンサンドがよく食べられている。
酸味のあるライ麦パンを土台に、ニシンやイワシ系の魚の酢漬けや、野菜などを何でも載せる。
酢飯の赤酢の香り。酢漬けの花びら。
この寿司の酢の香りの多彩さはスモーブローを思わせる。
デンマークで食べるスモーブローは、漬けるものによって何種類も酢を使い分ける、酢の香りの多彩さが印象的だったことを思い出した。

辻村さんの話には、ひんぱんに「(長野あたりの)山に入って採集」ということばが出てくる。
山で、きのこや針葉樹を採集してくるらしい。メインの鹿も長野産だったし、6種類のきのこのスープも採集されたもの。
酢や仕上げのオイルは、ノルディックの味に近づけるため、自作が多いそうだ。

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6種類のきのこのスープ

これらの調味料は、現地のものを輸入することだってできそうだが、あくまでもアイデアはノルディックで、食材は日本のもので。
辻村さんの料理はその考え方で貫かれているようだ。

Less is more。
モダンノルディックの志向のなかでも、食材の乏しさに精神性の豊かさを見出すところにフォーカスして、それを日本料理と融合させる。
少ないものが良い、余計なものがないものが良いという発想は、日本の美意識の一つであるわび・さびと親和性が高い。
そこに目をつけた辻村さんの発想は鋭い。

引き算の料理同士を掛け合わせて、新しい世界が生まれる。

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Æg(エッグ)
シェフ;辻村直子
東京都港区白金台5-3-2 ジェンティール白金台 B1F
17:00~
03-6277-1399
不定休

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ところで、ゴー・エ・ミヨージャポン2017発売に関しての続報。

一般発売は12/15から1月中旬に延期とのこと。
その間、現在、レストランのみに配られている本を先行版として、住所やコース価格の訂正箇所の申告をレストランから募っているらしい。
見ていなかったら自己責任という、なかなかハードボイルドな進行になっているようだ。編集業の隅っこにいる人間としては、このやり方には少々疑問を覚える。編集の裏側がいろいろ想像つくので。

今のところ、誌面を見たい場合は、掲載レストランに行って見せてもらうしかなさそう。
点数はトック(コック帽)0~5個と20点満点の点数で表され、19点台にカンテサンス、神楽坂石かわ、龍吟、ジョエル・ロブションの4軒がランクされている。
石川・富山地方の最高点は17.5点(4トック)のつる幸。

「スペシャリテ2011」には、クラウス・マイヤーのインタビューと「マニフェスト」の解説が載っています。

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