郷愁と料理 カーク・ウエスタウェイとカルミネ・アマランテ 4ハンズディナー

人の数だけ、思い出がある。

感情に理屈抜きで語りかけてくる子どもの頃の思い出は、どんなに遠く離れていても、一瞬でそのときの記憶に私たちを連れて行ってくれる。

幼い頃に何気なく食べていた料理に、ある日思わぬ形で再会するとき、また、誰かの思い出の料理を口にしたとき。

その時間や場所が離れていればいるほど、食べたときに強いインパクトが残る。

 

先日行われたカルミネ・アマランテ氏とシンガポール「JAAN by Kirk Westaway(ジャーン by カーク・ウエスタウェイ)」のカーク・ウエスタウェイ氏との4ハンズディナーは、そんな郷愁の「思い出」の強さを感じさせた。

 

場所は銀座のアルマーニ / リストランテ。

アルマーニのシェフのカルミネ氏と、シンガポールJAANのカーク氏がともに料理を作る。

 

「JAAN by Kirk Westaway(ジャーン by カーク・ウエスタウェイ」はシンガポールのホテル、スイソテルスタンフォードの70階に位置し、マリーナベイ・サンズを眼下に望む絶好のロケーションにある。シェフは初代がアンドレ・チャン氏、2代目がジュリアン・ロワイエ氏、3代目のシェフがカーク氏という、シンガポールを代表するシェフを輩出してきた。

カーク氏は英国で料理人としてのキャリアをスタートし、「JAAN」に入り、ジュリアン・ロワイエ氏のもとで働いた。ジュリアンが「Odette(オデット)」開業にむけて「JAAN」を卒業したあとに、シェフに就任した。

 

カーク氏はイギリス西部デボン、カルミネ氏はイタリア・ナポリの出身。

ともに30代半ばである同世代の2人は、英国・イタリアそれぞれの故郷から遠く離れてアジア(日本・シンガポール)で料理を作るという共通のキャリアを持っている。

今回のコラボディナーは、2人が初めて出会った数年前から、いつかは、と温められてきた計画だったらしい。

 

コースはカルミネ氏・カーク氏の料理が交互に出される形。

カルミネ氏はの料理はイタリアンで、カーク氏の料理はモダンブリティッシュ。
驚くほど違和感がなかった。同じ厨房で作っているからというのもあるけど、お二人の料理の方向性が近いのだろう。

左がカルミネ氏のオリーブオイル、右がカーク氏のバター

最初に提供されたホイップバターとオリーブオイルが、両者の好対照な立ち位置が見て取れて象徴的だった。

いうまでもなく、バターがカーク氏で、オリーブオイルがカルミネ氏。

オリーブオイルはシチリアのものを使っているらしい。

バターはテクスチャは軽めで味は濃厚、発酵の香り。ここに、ゲストの目の前でタイムを振りかけてくれる。

カーク氏の出身地イギリスのデボンは酪農が主要産業で、クロテッドクリーム、別名デボンシャークリームの発祥の地だ。

カーク氏が説明のために卓まで来てくださる。

修業時代、毎日タイムなどのハーブを摘むことが彼の仕事だったそうで、毎日毎日摘んでいたので指にその香りが残り、今でもこの香りをかぐと当時を思い出し初心にかえるのだという。

Sweet Tomato Collection,Fresh Basil Solbet by Kirk Westaway

◆Sweet Tomato Collection,Fresh Basil Solbet by Kirk Westaway

トマトコレクション フレッシュバジルソルベ

トマト料理は、カーク氏の代表的な料理のひとつらしい。

ミニトマトやマイクロトマトなど、種類の異なるトマトがジュレや軽い煮込み、あるいは枝についた生のままなどさまざまな調理法で載っている。緑色のジェラートはバジル。

デクリネゾンの発展系のような(デクリネゾンは同じ食材をさまざまな調理法で一皿に盛る調理法なのだけど)、さまざまなトマトをいろいろな調理法でひとつの料理として盛り込まれると、結果的にトマトの種類の多さや酸味のバリエーションとして心に残る。

Kinki by Carmine Amarante

◆Kinki by Carmine Amarante

キンキ

カルミネ氏は2018年に来日、「ハインツベック東京」で日本でのキャリアをスタートさせた。スーシェフの頃に店が獲得した1つ星を、翌年シェフに就任後も維持し、それは2020年6月に「ハインツベック東京」が閉店するまで続いた。

「アルマーニ / リストランテ東京」のシェフにその年の8月に就任したとき、カルミネ氏は29歳。

当時、世界中のアルマーニリストランテの中でも最も若いエグゼクティブシェフとして話題になった。

 

この炭火で焼かれたキンキは火入れがギリギリちょうどの線で止めてある、シンプルに見えて下に見えないように敷かれた野菜など手の込んだひと皿だ。

来日5年、日本の魚介類の扱いに精通したカルミネ氏の「慣れた」感を感じさせた。

ちなみに器は有田焼のカマチ陶舗のもの。

Scallop,Caviar,Saffron Sauce by Carmine Amarante

◆Scallop,Caviar,Saffron Sauce by Carmine Amarante

帆立貝 キャビア サフランソース

同様に、シンプルに火を入れたホタテ。

鮮やかな黄色のサフランソースの軽い苦味と気品のある香りは九州「Akaito」のサフラン。

大分や佐賀に畑があるという。火山性の土(黒ボク土)は、サフラン栽培に適した稀少な土壌なのだそうだ。

花もなければハーブも散らしてない、ホタテとキャビアとソースの3要素しかないのに、贅沢な仕立てになっている。

Clementine Refresh,Mikan,Orange by Kirk Westaway

◆Clementine Refresh,Mikan,Orange by Kirk Westaway

みかん

カーク氏の作るこのデザートもまた、トマトと同様に、同じ柑橘類をいろいろに重ねたひと品だ。

ひと皿に5種類ほど入っていただろうか。シンプルに見えて、複雑味と統一感を感じさせる。

 

「いちばん気に入ったのは野菜です」。

「日本食材で印象に残ったものは何ですか?」という質問への、カーク氏の答えだ。

カーク氏のご家族は菜食主義者で、幼い頃はオーガニック野菜を口にすることが多く、また家で野菜を育ててもいたらしい。

 

今回の4hands dinnerのプレスリリースに「郷愁(ノスタルジー)を感じさせる料理を創造する」という言葉があった。郷愁は故郷から遠く離れた場所での2人の精神的よりどころとして意味を持つのだろう。「JAAN」の店内は近年改装され、カーク氏の故郷デボンの自然風景にインスピレーションを取った内装になっているという。

 

思い出の、というエモーショナルな動機が、都市のファインダイニングの料理にヒューマンな印象を与えている。

 

「思い出は驚くほど早く消える。だけど一番大切な思い出は色褪せない。(カズオ・イシグロ)」

郷愁から導かれるその土地の思いが、シェフから料理という形でゲストに共有され、それがダイニングの座を囲む一同にも同時に共有される。

その思いの強さは料理を通して理屈抜きでゲストに伝わる。

 

料理はその土地に思いを馳せる手紙でもあるのだ。

カルミネ・アマランテさん(写真左)とカーク・ウエスタウェイさん

◆ARMANI / RISTORANTE 4hands dinner
開催日 2023年10月5日・7日
場所 ARMANI / RISTORANTE
東京都中央区銀座5-5-4アルマーニ / 銀座タワー10階、11階
公式サイト

JAAN by Kirk Westaway
2 Stamford Rd, Level 70,Singapore
公式サイト

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