KOKS(フェロー諸島)終わりのない物語

また来てしまった。2回目のKOKSへ。

8月の北欧の短い夏に、昨年に引き続きデンマーク領フェロー諸島を訪れた。
首都コペンハーゲンから飛行機で2時間。
地理的にはデンマークよりイギリスの方が近い。

島は荒涼とした岩場で、牧草のような低い丈の草でおおわれている。
木が生えていない。霧が多く、風が強い。
森が国土の七割を占める日本から来た人間には「むき出し」感が強く、フェロー諸島のダイナミックな地形が毎回新鮮に映る。
デンマークとは同じ国内なのに通貨も違い、言語も違う。食文化も同じではない。

フェロー諸島の経済の特徴のひとつは水産業、ことに捕鯨である。
海産物は豊かで質が高い。コペンハーゲンのnomaもフェロー諸島から魚介類をとっていたことがあったようだ。そして昔から鯨漁がさかんだったらしい。
一方で欧州諸国ではクジラは食べないというのが共通のコンセンサスである。
デンマークはEU圏内であるが、フェロー諸島はそれに含まれていない。理由のひとつは捕鯨だという説も聞かれる。

この店へのアプローチはかなり変わっている。

まず、店の前まで車で乗りつけることができない。
店の前には道路がないのだ。徒歩も無理。
じゃあどうやって行くのか?というと、車かタクシーでとりあえず店の一番近く、道路の終わりまで行くしかない。

道路の終わりは、美しい池のほとりだった。

フェロー諸島の風景はまったく、どこもかしこも美しい。
小さな小屋が一軒。KOKSはどこにあるのか見えない。そもそも、視界に人工物がほとんどない。
ここから道がないのにレストランまでどうやって行くのか?
わからない。
わからないからとりあえずこの美しい景色を見ながら、ぼんやりと待つしかない。

夜が始まる。

コース内容

コースはおまかせのみ。


Dried cod crisps
Scallops
Mahogany clam
Sea urchin
Halibut and Caviar
Horse mussel
Mackerel and Blue mussel
Cod roe and Root vegetables
Skerpikjøt
Garnatalg
Ræst Kjøt
Whale heart
Sheep’s head and tail with Celeriac
Sorrel
Flower currant and Buckwheat
Rhubarb and Spanish Chervil
Sweets


Scallops
昨年もそのうまさに驚嘆したホタテ。
ゲストに出すぎりぎりまで貝から切り離さないのだそうだ。
まだ生きていた!鋭いナイフで刻み、クレソンのソースでいただく。

Mahogany clam
マホガニークラム。長寿のクラムらしく、500歳になることもあるらしい。これは昨年も出た。
新鮮で、うまみのかたまりという感じがする。

Horse mussel
ムール貝のオレンジの部分を蒸した品。
ここまでどれも作りが細かい。
エルダーフラワーやブロッコリーなどの軽い酸味のソースで整えてある。

魚介類の料理に共通するのは、どの食材も新鮮・繊細で、野菜などをふんだんに加えている点。
野菜といっても普通の野菜を食材として使うのではなく、香りや色味を足すハーブ類が多い。

Mackerel and Blue mussel
鯖にグリーンピース、リーキ。
グリーンのソースが目の覚めるようなキレ具合だった。緑の苦みとオイル分。
リーキとグリーンピースを発酵させたソースに何かのオイルを足している。ソースが青苦くて、サバやリーキの甘みを引き立てる。
リーキとグリーンピースが、付け合わせの食材とソースの両方に使われている。
どっちかふつうは変えるような。けっこうトリッキーな感じがする。

Cod roe and Root vegetables
タラは熟成しているのだろうか、よくわからなかったが、熟成しているようなうま味の強さ。味がホタテのような凝縮度で、食べながら無言になる。
緑色のソースの素材はパセリ。
このソースの下に新鮮なアサリが隠れていて、タラやソースとの食感や料理とのバランスが明らかに良くなっているとわかる。ここにこのアサリ(ソースに沈んで全く見えない)を入れようと考えついたのがすごい。

昨年も思ったが、フェロー諸島のもの…というかKOKSの魚介類は、日本の魚介類と並び立ち、また日本のものと異なるうまみや深みがあり、ここでしか食べられないなと今回も思った。


後半は肉の世界だ。

ここから3品は、英語のメニュー表でもフェロー語の料理名が続く。

Skerpikjøt(シェルプチェート)

Skerpikjøt(シェルプチェートあるいはスケアピオットという読み方が現地読みに近いらしい)とは自然乾燥させたラム肉で、乾燥度合いでいくつかの種類があるという。
これは6ヵ月たっている。
kjøtはフェロー語で肉という意味を表すようだ。

ハードだ。
固さもそうだけど、味が。
最初は発酵の強い野性味が押し寄せて、かみしめるほどにうまみが増す。
食べ物は慣れの部分があるので、初めて食べる人間にはなかなかハードルが高い。

この野性味を、こちらでは油脂分や乳製品と合わせて食べるものらしい。


Garnatalg(ガーナタールク)
羊の内臓脂肪らしい。こちらも数か月熟成。


Ræst Kjøt(ラストチェート)
ラストチェートあるいはラストキョットという感じか。読み方が難しい。
これもセミドライのラム肉のことらしい。
軽いクリームとたまねぎのピクルスとリンゴンベリーが載っている。
先ほどスケアピオットの強烈なやつを食べた後だと柔らかい脂にほっとする。これもかなり特徴のある現地伝統食らしい。
上に載ったたまねぎのピクルスの酸味が、風味の濃さをうまく中和する。

フェロー諸島は、羊を生肉から調理するという文化ではないのかもしれない。
生肉から料理したもの…つまり、羊のローストやナヴァランなどフランス料理でおなじみの羊料理は出ないし、スパイスと肉とが絡まったときの「お馴染みですね感」もない。

干し肉の底には、確かに力強い風味とうまみがあるのが感じ取れる。
しかしそれを感知するには、手前にある臭みを乗りこえる必要がある。
ワインやハードリカーが飲めれば、また違うのかもしれない。

おいしいものを感じ取るには、ハードルがあるものだ。


Flower currant and Buckwheat
スプーンでひと口、眼を剥いた。
スグリ系の果実とそばの実はよい。このアイス!

ケモノ系の味。
強烈な味だ。おそらく、発酵させた羊かクジラの脂ではないかと思う。
ケモノ系の脂を、牛乳のようなミルク分で中和させているとみた。

Rhubarb and Spanish Chervil
近隣の花々を入れ込む。酸味のある緑のゼリー。燻製香のミルクに、ほっとした。

19皿のうち5皿も羊が続く理由

コースは大きく分けて、新鮮な魚介類の料理の前半と、熟成の重い羊が続く後半とに分かれる。

魚介類と羊のいずれも、日本で、いや、KOKS以外で全く食べたことのないような味だ。
魚介類のうまみの強さは独特で、日本の魚介類とは違い、きめの細かさや繊細さではない、別の強さのように感じられる。

特に甲殻類。
ホタテなど、日本ではなかなかお目にかからない大きさで繊維の一本一本が太く、かつクリアなうまみがあり、日本のホタテとは異なる。
どちらが良いというのではなく、異なるものという感じだ。

一方で、肉はなかなかなじむのが難しかった。

フェロー諸島には木が生えていないと冒頭に書いた。だからこの地の肉は燻製でなく、風で干して発酵させる。
島のあちこちに、肉干し小屋(Hjallur=現地読みチャドル)があるのだという。
羊肉を5~9ヵ月間吊るし、北大西洋の潮風に当てて乾燥させる小屋。
木造で天井が低い、日本でいうところの庭の物置サイズ。実際は風が通るように、壁をわざと隙間をあけて板を張っているようだ。
(そういえば、KOKSの建物も、300年ほど前に建てられたという農家の納屋だそうだ)
風が強い一方で、凍り付くほどは冷えない(寒冷だが極寒にはならない)というフェロー諸島の気候を生かした伝統食だ。


それにしても、なぜ19皿のうち5皿も羊料理が続くのだろうか。

フェロー諸島は人口5万人(2017)に対して羊は7万頭いるといわれており、人間より羊の数が多い島だ。
また、羊以外の肉はあまり食べられていないのか、島を車で走り回っていても牛や鶏を見ることはほとんどなかったし、そのような料理店などももちろん見当たらなかった。

フェロー諸島の食文化を象徴したコースだな…と、思った。

そう考えると得心がいく。
羊が連続するところからは、この土地の食材の少なさを連想させ、
その調理法からは、発酵の種類の多さ、また、先人の工夫の跡を想像させる。
普通なら、肉料理を5皿出すなら、鹿を出し鴨を出すというように、何種類かの肉を出すだろう。
ここは、羊だけで5皿なのだ。

ヨーロッパ中から引き合いがあるという甲殻類やタラなどの魚介類が続くのもそうだ。
考えれば当たり前のことだけれども、KOKSの今のコースは、この島の食文化を、伝統料理を反映したものだといえるだろう。

KOKSの料理はモダンノルディックの範疇に入るのだろうが、フェロー諸島の伝統料理を尊重し、現地の食文化をかなり忠実に卓上に再現していこうという意思が感じられた。
一方で、プレゼンテーションの仕方や食材の組み合わせはモダンだ。
モダンであることと、郷土料理の根を持っていることは両立できるのだ。
というか、モダンな料理に説得力を持たせるのは郷土料理なのだといえるかもしれない。

この土地でしかできない物語

冒頭、池のほとりに着いたところから店までのアプローチのことをまだ書いてなかった。
実は、店のスタッフが4WDで迎えに来ている。

池のほとりに小さな小屋がある。
自分の車から降りたゲストは、スタッフに案内されてその小屋に入り、アペリティフとスナックの提供を受ける。

あとで知ったのだが、その小屋こそ、羊肉を干すチャドル(肉干し小屋)だった。
この小屋は単にゲストの待ち合わせ場所ではなく、これから出す料理を暗示させる重要な舞台だったのだ。

アペリティフを楽しんだゲストは、スタッフが運転する4WDに相乗りして店まで連れて行ってもらう。
クルマといってもミニバスやホテルのような高級車での送迎ではなく、4WDの後部座席のベンチに乗り合いだ。

乗り心地は決して良くはない。道が悪いうえにスタッフが飛ばすので、頭を何度も天井にぶつけそうになる。しかもフロントガラスには盛大にヒビが入ったままだ。
今年はふつうの荒地だったが、去年は、湖のような大きさの巨大な浅い池ができていた。
ぬかるみでも大丈夫そうな4WDは、池の水を蹴散らしてぐいぐいとひた走った。
それでやっと、「店の前まで自家用車では行けない」と書かれていた理由がわかった。

1年後の今回も、道は相変わらず良くなかった。
穴だらけのオフロード。
整地したりしないのはわざとだろうな、と思う。

乗る時間は10分ないくらい。
しかしあのひとときが確実に、KOKSへのアプローチとしてこれ以上ない非日常感を演出していた。

帰りは夏の北欧でもさすがに真っ暗だった。
真っ暗だった、というか、周囲に街灯も建物も全くないので、外は真の闇。
また、スタッフが運転する4WDに乗せられる。
乗るやいなや、ものすごいスピードで店が遠ざかっていく。

振り返ると、店が丘の間に隠れ、すぐに周りは真っ暗闇となる。街灯などない。

浦島太郎が竜宮城をあとにするときはこんな感覚だったのだろうか、とふと思った。
なぜそんなことを考えたかというと、アペリティフを楽しんだあの小屋の周辺が、浦島太郎がカメを助けた砂浜のような感じが、なぜかしたのだ。
KOKSの体験は現実離れしていて、二度と戻れない桃源郷のようだった。

物語は、浦島太郎が夢の世界へ行って姫の供応を受けた数日間に、地上では何百年という時間が過ぎていたという結末が待っている。

KOKSに行った私はどうだったのか?
それが実はまだ、帰って来れた気がしないのだ。


KOKS
Frammi við Gjónna, Leynavatn, Faroe Islands
+298 333999
https://koks.fo/


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KOKS(フェロー諸島)終わりのない物語」への2件のフィードバック

  1. 鱈は熟成ではなく塩蔵処理を施したものです。前日から塩抜きをして提供しています。また戻りたくなりました。良い記事ですね。

    1. Miyata様 コメントありがとうございます。
      こちらで働かれていたことがあるんですね!
      鱈は塩蔵処理だったのですね。
      干しダラも欧州ではよく頂きますが、製造工程が違うものですよね。
      味に深みが感じられたのが魅力的でした。

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