メトロミニッツ「アイデンティティのあるイタリア料理のシェフ」を読み解く

東京メトロ駅で無料配布されている月刊誌「メトロミニッツ」が、面白いと話題になっている。
毎月20日、主要52駅のラックで配布。最近はうかうかしていると数日でなくなっている。
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最新号(11/20配布)12月号は
「アイデンティティのあるイタリア料理のシェフ」。
昨年12月号の「世界に自慢したいフランス料理のシェフ」に続くもの。

全58ページのうち特集が30ページ。
読んでおられない方も多いと思うので、勝手に目次を作ってみた(メトロミニッツ本体には目次がない)。
項目を並べるだけで、この特集の気合の入り方がわかろうというもの。
(敬称略。カッコ内は執筆者)

イタリア20州を感じる旅へ(イタリア20州マップ)

イタリア20州の地方色
評論・風土と歴史とイタリア料理の関係性
(柴田香織)

時代を切り開いた立役者たち(河合寛子・土田美登世)
明治から昭和初期 洋食屋のメニューにマカロニ登場
1940~1960年代 イタリア食材への憧れと和風スパゲッティ誕生
1970年代 国際派へデビュー 本場への憧れと意識の芽生え
1980年代 新イタリア料理の到来とシェフのクローズアップ

コラム1・ヌオーヴァ・クチーナとは
コラム2・イタリア料理修業への道
当代を代表するシェフたち(1980年代)落合務・片岡護・室井克義・山田宏巳
1990年代 ティラミスとイタめしブームで人気の定着
当代を代表するシェフたち(1990年代)日高良実・原田慎次・植竹隆政・小林幸司
2000年代 個性豊かなスタイルが百花繚乱
当代を代表するシェフたち(2000年代)石川勉・濱崎龍一・笹島保弘・有馬邦明

評論・イタリア料理2015 シェフたちの歩みと現在地点(井川直子)

今、東京の最前線を走る精鋭のシェフたち
高橋隼人(ペレグリーノ・恵比寿)
八木康介(リストランテ ヤギ・代官山)
村山太一(レストラン ラッセ・目黒)
宮本義隆(イカロ ミヤモト・中目黒)
小池教之(インカント・広尾)
西口大輔(ヴォーロ・コズィ・白山)
渡邊雅之(ヴァッカ ロッサ・赤坂)
武田正宏(イルーチ・白金台)
岩坪滋(イル プレージョ・代々木上原)
馬場圭太郎(タロス・渋谷)
山本尚徳(ピッツェリア エ トラットリア ダ イーサ・中目黒)

現地イタリアから発信する食のトレンド最新事情(池田匡克)
評論・現代イタリア料理の存在意義とは( 〃 )
インタビュー 現代イタリア料理の第一人者 その視線の先に見るアイデンティティ
マッシモ・ボットゥーラ(オステリア・フランチェスカーナ・モデナ)
徳吉洋二(リストランテ・トクヨシ・ミラノ)

東の果ての日本に流れ着いたイタリア料理

特集の守備範囲は全方位。
イタリア料理の歴史、日本でのイタリア料理の受容の変遷、現地イタリアの現在の料理のトレンド、と盛りだくさん。
ほとんど料理専門誌でやるような内容で、暇つぶしに軽い気持ちで手に取った人は驚くだろう。駅配布の無料雑誌で「イデンティタ・ゴローゼ」(ミラノで毎年2月に世界の最先端の料理人を招いてその技術や思想を発表し合うイベント)がさらっと語られるのは、けっこうすごい光景だ。

前半で大きくページが割かれているのは「時代を切り開いた立役者たち」の年代記。イタリア料理を日本に取り入れた先人たちの、熱意の歴史を教えてくれる。

日本は、地理的条件などにより、古来から、西方由来の文化が流れ着く終着の国だ。
イタリア料理も、90年代に日本独特の素材や調味料、また和食の技法を取り入れることで和の要素を取り入れた。さらに、00年代に入るとその動きが東京から地方へ広がり、その地方の食材を生かすことがレストランの個性を決めるという路線が生まれていったことにも触れられている。

これメトロ情報誌だった!ということを思い出させてくれるのは、東京のイタリア料理店の紹介。11軒どこも特徴があり、納得できるセレクト。
そして、特集のタイトル通り、店そのものではなく、シェフを前面に出しているのも特徴だ。シェフの個性が店の個性を決める時代、記事にも、11人のシェフの言葉が織り込まれている。

「食べ続けられる料理には理由がある。だから創作はしません。作る料理は変わらなくても、作り続けることで技術が上がり、確実に美味しくなるはず。」(西口大輔シェフ)

「イタリアのド田舎で、シェフの親類が地元で育てた食材を使った郷土料理で三ッ星を撮っていて、”絶対にここ(マントヴァのダル・ペスカトーレ)で働こう”と決めました。僕は新潟の山奥育ちで魚を川で獲って食べたりと地産地消が日常でしたし、”すでにやってる人がいる”と鳥肌が立ちました。」(村山太一シェフ)

カンパニリズモとアイデンティティ

イタリア料理の根幹はカンパニリズモという言葉に集約される(池田匡克氏)という。教会の鐘(カンパニーレ)が聞こえる範囲が世界の全てという、郷土愛に満ちた世界観だ。

「風土と歴史とイタリア料理の関係性」では、イタリアの南北に長い風土が農産物にどのような影響があるのかが語られる。
牛肉がメインの北部と羊がメインの南部、パスタの原料の小麦は北部が軟質小麦で南部が硬質小麦。そのようなざっくりした分類から、例えば軟質小麦はグルテンが弱いので卵を加える生パスタ、南部小麦はグルテンが強いので乾燥パスタが主流といったことなど具体的だ。
それらはすべて気候・風土に合ったものが発展してきたものなのだという、流通の発達した現代では忘れがちな特徴である。

イタリア帰りというだけでは闘っていけない

「シェフたちの歩みと現在地点」では、イタリア修業帰りの日本人料理人が00年代になって急増するに伴い、個々人が差別化を模索していく、最近10年の出来事が解説されている。

海外で修業することが昔ほど困難でなくなり、イタリア帰りというキャリアだけでは日本で生き残れない、そのために彼らがどうしたかについての分析が興味深い。
筆者は3つに分類している。
① メジャーな州や星付きの店だけでなく、山奥や漁村、肉屋まで、マイナーでも自分のアンテナを信じて修業する
② 当時ガストロノミーの世界を引っ張っていたスペインへ渡る
③ 修業の長期化

そして2007年ごろ以降、スローフードの発想や地方の食材にこだわって地方でオープンした店として「リストランテ・アイーダ」(和歌山)、「オステリア・エノテカ・ダ・サスィーノ」(青森)、「アル・ケッチャーノ」(山形)があげられていて、その3軒を並べてみると、それぞれが別個の店ながら、深い共通点で結ばれているのに気づく。

イタリアと同様、南北に長く地方独特の食材も豊富な日本では、シェフみずからのアイデンティティを、地方の食材を生かすことで投影できたということがあると思う。
他国の料理を、エキゾチシズムではなく、政治的支配・被支配という関係でもなく、そこまで血肉化しつつ受容して独自の発展を遂げてきたのは、日本だけではないかと思う。

イタリア料理は、地方の料理イコール国の料理といえるほど分かれているという。
特集タイトルにある「アイデンティティ」という言葉には、イタリア国内の個々の都市国家ごとのアイデンティティと、それを日本国内で「自分にしかできないことを見つけた」料理人一人ひとりの中で生かされていくアイデンティティの、両方の意味がこめられているのだ。

メトロミニッツ(毎月20日、東京メトロ主要駅で配布)
スターツ出版

編集部に問い合わせたところ、バックナンバーの郵送等は対応していないとのこと。
最近評判だったのが、「東京の名料理人がわざわざ赴く『遠征レストラン』」(8月号)。


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