《レビュー》「ノーマ、世界を変える料理」異文化の他者との対話

【2016.2追記】全国公開日程が決まったようです。邦題も加えられました。

『ノーマ、世界を変える料理』
原題:NOMA MY PERFECT STORM
公開:2016年4月29日(金・祝)新宿シネマカリテほかにて全国順次公開
監督:ピエール・デュシャン、出演:レネ・レゼピほか
日本語字幕:高岡 佑己子
配給:ロングライド
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「時間と場所」というテーマ

コペンハーゲンのレストラン「noma」のシェフ、レネ・レゼピの料理の概念を劇的に変えたのは、彼が自分の料理の柱として「時間と場所」というテーマを見出したことだった。

「今地球のどの場所にいて、どんな季節の中にいるのか」を食べ手に感じさせる料理を作ること。
彼の著作「NOMA Time and Place」(邦題「ノーマ 北欧料理の時間と場所」2011)の、サブタイトル「Time and Place」は、彼にとって最も重要なキーワードだったのだ。

この映画は、レネが、当時の共同経営者クラウス・マイヤーとともに2004年にnomaをオープンさせ、2010年に「世界のベストレストラン50」でエル・ブジを退けて世界一になってから、2013年2月のノロウイルス事件で挫折、世界のベストレストランで2位に落ち、そこから2014年に1位を奪還するまでを描いたドキュメンタリーだ。

時間と場所を料理で表現することは、やはり、この時代に困難なことなのだろうか。
場所はともかく時間を表現することは、最初、それほど難しいものだとは思えなかった。しかしそれは、日本が温暖で、四季があり、旬の概念があるからこその発想だ。

緯度のわりに温暖な冬と涼しい夏をもつデンマークでは、豚肉をはじめとした酪農や小麦の栽培は盛んなものの、野菜類の生産量が貧弱で、果実、なかでも柑橘類はほぼ全量を輸入に頼っている(参考資料)。そんな国で、その季節に穫れるものだけでコースを組み立てるのは確かに難しいだろう。

映画は、レネ自身をはじめとして、彼の父母、クラウス・マイヤー、彼の料理の方向性を決定付けたという植物採集者ローランド・リットマン、料理人仲間、友人たちなどの多数のインタビューのなかに、料理の映像や北欧の風景を挟みながら進んで行く。
料理の映像が美しい。素材を料理に仕上げていく何本もの手。ひと皿の料理を仕上げるレネの視点を再現した映像。料理の仕上げに、白いクリームの上に生きたアリを載せる印象的なシーンがあったが、逃げ出そうとするアリさえ美しく見えた。

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価値観の異なる他者との出会い

料理やレネの生い立ちの話(後述)をメインに進むこの映画のもう一つのテーマは、おそらく、価値観の異なる他者との出会いだ。
彼がたくさんの人を巻き込んで今の地位に立つまでに、数かぎりない人との出会いがあった。
応援してくれる人だけではない、厳しさ、困難さの語られるシーンが多かったように思う。


nomaでの食材調達といえば、小規模の食材採集者、例えば森でキノコやベリー類をとる人たちから食材提供を多く受けていると読んだことがあったが、映画では、その食材調達にまつわる難しさも語られていた。

例えば、食材業者が手を抜くことがあること。
「他国の食材を入れると料理の質が1割落ちる」と言い、自国の食材に可能な限りこだわろうとしても、その情熱は食材業者までなかなか伝わらない。
ヘーゼルナッツが自国で取れる時期なのに、平気でスペイン産を納入してくる。
1日6時間以上は働かない生産者がいる。
45人分のランチとディナー分の食材を毎日確保することは、店にとって重要な課題だ。だからと言って自家農園はないし、供給をコントロールできない、というところから、映画では、先日報道された、デンマーク市内クリスチャニアでの農場計画のシーンに繋がっていく。

出自による差別と闘う

nomaはデンマークの食材にこだわっているが、彼のバックボーンの何割かはマケドニアだ。
母がデンマーク人で父がマケドニア人。彼はデンマークで生まれ、幼少期をマケドニアで過ごした。バルカン半島に位置する、当時のユーゴスラビアだ。
母は料理人で、前科者や麻薬中毒経験者など、厳しい境遇の人へ料理を出すことが多かったという。自宅の部屋は寝室以外に一つだけ。食事といえば手づかみでチキンを食べていたというその思い出は、困窮の苦しさではなく、みんなで食べることの楽しさをレネ少年に残したようだ。
デンマークに移住したあとも、マケドニアに年数回帰省するために、家族は生活費を切り詰めていた。

映画のなかでは、彼がマケドニアの移民という出自による日常的な差別があったことも語られる。
「アザラシ野郎」、「バルカン半島に帰れ」などという悪口は日常茶飯事、家を借りるときに友人は借りられて自分だけが拒否される、というようなこともあったという。

2010年に世界1位を取ったあとから、もっと高級化路線で、銀の食器で、ボウタイ着用でサービスする店にすべきだというアドバイスが多くあったそうだ。
その「ご注進」を、彼は映画のなかで、嫌悪ともいうべき態度で繰り返し語っている。自分の目指す場所でないという自覚もさることながら、そのような一種権威主義的なスタイルへの違和感があって今のスタイルになっていることは、その話を知れば得心がいく。

ひとりで新しいことに挑戦した人間の物語

ベストレストラン50で2010年に世界1位を取ったとき、彼はまだ32歳だった。
そんなに早くに頂点を極めた人は、そのあとどうするのだろう?
映画のなかでは、彼自身が「失うことの恐ろしさ」について語り、ラボのスタッフに些細なことで八つ当たりするシーンも出て来る。

13年のノロウイルス事件の前後は、そんななかでレネはじめスタッフにとって最も苦しい時期として描かれる。
疲弊する保健所とのやりとり。多くのキャンセル。そして心ない中傷メール。
自分も体調を崩した、補償しなければマスコミにバラすという脅迫じみたものまで。

そんなとき、彼の支えになったのは家族であり、店のスタッフだった。
多くのスタッフを束ねる彼は、レストランという”一つの家族”において、家族の未来を考える家父長的な役割を担っている。
土曜日の夜に、ゲストのいない厨房で、レネをはじめスタッフたちが自発的に自分の料理をプレゼンして、ディスカッションするシーンがある。
そこではみんな平等で、だれもが思ったことを言い合う。支持の挙手が多ければ、お客さんに出すメニューに載る。それはとてもフラットで民主的な世界だ。
2014年に再度1位を奪還したときのレネの受賞スピーチで、壇上から「親愛なるアザラシども、これからも世界をうならせる料理を作っていこう」という言葉に、スタッフたちが歓喜しているのは、その求心力あればこそだろう。

映画の題名になったperfect stormとは、北欧で起こる、海と空の境目なく吹き付ける吹雪混じりの嵐のこと。

“食の不毛の地”デンマークで、自国の食材と季節にこだわった食材を集めて料理を作るTime and Placeの試みは当時周囲に理解されず、「周囲の国に良い食材があるのになぜ?」「パトリオティズム?」などと言われ続けたという。

料理に限らず、誰もやっていないことを新しく始めようとする者に世間は厳しい。それは当事者にとって、前の見えない嵐の中にいるようなものだろう。
それでも踏みとどまってやるべき、というレネの姿勢は、分野が違っても、同じ思いの人たちを勇気づけるだろう。
新しいことを始めようとしている人たちを。
そして、いままさにその渦中にあり、つらさを乗り越えようとしているすべての人たちを。

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来年には日本でも公開予定。
11/28(土)には大阪ごはん映画祭でも見られるようです。

NOMA,MY PERFECT STORM
第63回サン・セバスチャン国際映画祭「キュリナリー・シネマ部門」「TOKYO GOHAN AWARD」(最優秀作品)
出演:レネ・レゼピ ほか
監督:ピエール・デュシャン
プロデューサー:エタ・デュシャン
2015/イギリス/ドキュメンタリー/95min
©pierredeschamps2015
2016年日本公開予定/配給:ロングライド


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《レビュー》「ノーマ、世界を変える料理」異文化の他者との対話」への1件のフィードバック

  1. 野菜が取れない北欧で地産費消で独自の創作料理を開発して観光の目玉に成る程の話題性を獲得…。マケドニア移民と言うハンデイを超えてベスト・レストランの栄光に輝く迄が何とも涙ぐましいドキュメントだった!食べ物映画だがそのレシピ自体が主題では無いし、庶民の味会うような料理というよりも、ファッション・ショーのコンテストみたいなものだから、奇抜さを競うような面が強いから非日常の味という事なのかも知れない。その辺りのフラストレーションは見た後に若干残るものの、本編がノロウイルスで翻弄された後にリベンジする奪還劇として感動作である事は間違いない♪

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