BAAN TEPA(バンコク)タイの新潮流とローカリズム

5年ぶりに訪れたバンコクは、やっぱり混んでいた。

 

懐かしい暑さと湿気、そしてタイなまりの空港アナウンス。
スワンナプーム空港にも活気が戻ってきていた。
しばらく来なかったあいだに、市街地のショッピングモールや建築物もずいぶん増えた。

店が面するラムカムヘン通りはタイ中心部と郊外を結ぶ大通りで、この日も渋滞していた。
近くには地元の人たちの足である水上バスが走っており、店の近所まで乗って行くことができる。

コロナ下における日本帰国時の14日間隔離というルールが、旅行者にとって、海外渡航を非現実的なものにしてしまってから3年。
いま、やっとこれまで通りに海外に出る条件が整いつつあるものの、当面は、どの国に行っても3年以上のブランクにおたおたする時期が続くのだろう。

 

バーン・テパはバンコク郊外の下町の雰囲気が残る住宅地にある、モダンタイ料理店だ。
食材のローカリズムに目を向けて、伝統料理や食材を新たな視点で再構築している。
「Culinary Space」とある通り、レストランというより料理をするための場所、実験室というニュアンスだろうか。

店の敷地は広い。
門をくぐってもレストランの建物が見えないほどだ。
レストランは、築40年の大きなお屋敷を改装したもの。
建物の周囲には菜園があり、料理で用いるハーブ類が育てられている。
以前は今のようなダイニングでなく、シェフズテーブルよろしく、キッチンに10人ほどが座れる大きなテーブルをひとつ置いて、そこでシェフがひと品ずつ料理の説明をしていたらしい。

FIRST HEART OF THAILAND: NAM PRIK

FIRST
HEART OF THAILAND: NAM PRIK
Translates exactly into “Water” and “Chilli

鴨の塩漬け卵、クリスピーヌードルと海老などの3つのアミューズ。
それぞれに、異なる味のナムプリックを配している。

ナムプリックは[ナム(水)+プリック(唐辛子)]。
トウガラシ、ニンニク、エシャロット、ライムなどをすり潰して作るペーストの総称で、調味料でありおかずでもある、タイで最も基本的な料理だ。

 

ナムプリックがタイ料理の象徴のように考えられているエピソードとして、ミス・ユニバース選考でタイ代表の出場者は、一番好きな食べ物は何ですかという問いに「プラートゥとナムプリックです」と答えるのがお決まりになっているのだそうだ。それほどまでにタイ料理を象徴するものというか、真髄でもあるのだろう。
そのような料理を最初のひと皿に出すことは、シェフのタイ料理への敬意、これから12品タイ料理を出しますというあいさつのようなものだ。

FOURTH CRAB CRAB CRAB!

FOURTH
CRAB CRAB CRAB!
Blue Swimmer Crab Custard, Three Orange Vinaigrette, Paddy Rice Field Rice Fat Emulsion Trang Soft Shell Crab, Yellow Curry and Fermented Bamboo Aioli, Black Crab Brittle
殻ごと食べられるソフトシェルクラブのフライと蟹のフラン。
蟹をさまざまな仕立てで出す、デクリネゾン的な方式だ。
風味としてはバターチキンで、甘酸っぱさを油分と卵がやわらかくしている。
調味料の部分にも蟹が用いられているらしい。おそらく発酵させているのだろう。

料理はどれも熟成・発酵・燻製香を多用していて押しは強めだ。
塩味やハーブやスパイスの香りも強めの料理が多い。

SIXTH DONG DANG

SIXTH
DONG DANG
“Kradang Nga” Fresh Rice Noodles. Yunnan Ham Coconut Lon sauce,Smoked Coconut Shoot
麺料理。
単純に旨い。ここまでのモダンタイ料理が、やっとひと息ついた感じでほっとする。

見立てとしてはプロシュートを載せたペペロンチーノ。
タイ南部のコメの麺を、雲南ハムと極薄のココナツシュートで和えている。
ペペロンチーノと異なるのは、ペペロンチーノのようにシンプルで軽やかでなく、絡めたソースと熟成させた雲南ハムが味噌のような複雑な風味を出している点だ。
シェフのルーツはタイ南部にあるそうで、そうなると中国料理と親和性が高い雲南ハムとコメの麺というのはなるほどなと思う。

SEVENTH DOWN SOUTH RIVER PRAWN ROTI

SEVENTH
DOWN SOUTH RIVER PRAWN ROTI
Our signature.
“Tapi river” River Prawn, Southern Curry, Prawn Fat Emulsion, Rice Roti
シグネチャー。これもタイ南部の料理がヒントになっているようだ。
ターピー川はタイ南部で最も長い川で、そこでとれた淡水海老とカレー。
ロティ(クレープ)は、小麦粉でなく米粉で作られているのだろう。
屋台で食べるジャンクな味ではなく、さすがに上品だ。
「海老の脂肪分を乳化させたソース」は、上部の黄色い部分だろう。
全体的にかなり唐辛子の香りと風味が立つ料理で、私たちがタイ料理らしいと思うような味だ。

EIGHTH GAENG PRUH

EIGHTH
GAENG PRUH
Isaan region’s lesser known dish. Made with a special selection of herbs, Bamboo, Sticky Rice and Fermented Fish.
Seasonal Fish, Grilled Bamboo and Snake Gourd, Bai Yanang, Fish Consomme.
東北部の料理らしい。魚のコンソメに旬の魚。
筍やヘビウリ(苦みのないゴーヤのような野菜)が用いられている。

TENTH THAN PU YING GLEEB’S STUFFED DUCK

TENTH
THAN PU YING GLEEB’S STUFFED DUCK
A recipe from the 19405 from Lady Gleeb’s cookbook. A true pioneer in her time mixing French technigue with Thai ingredients.
メイン料理のダック。ここでフランス料理っぽい料理が初めて出た。
過去の料理本からアイデアを採った料理らしい。

 

タイ料理を再構築する

 

「BAAN TEPA」の開業は2020年。
シェフ、シュダーリー・”タム”・デバカームさんは、ロンドンの大学で栄養学を修めたのち、ニューヨークの「ブルーヒル」で修業。帰国後、タイ料理のルーツを改めて知るためにタイ全土を回ったという。

 

レストランはタムさんの祖母が住んでいた家を改築したらしく、彼女自身も思い入れがある建物なのだそうだ。
「BAAN」はタイ語で建物や家のことを指す。
このレストラン、原型のイメージとしてはおそらく、家でシェフがみずから庭のハーブを摘んでおもてなしをするという感じなのだろう。
そのわりには店は家庭的というよりは少し大規模で、スタッフもキッチンだけで7~8名。
ベスト50レストラン アジアの86位(2022年訪問時)に入ってもいる。

シェフのシュダーリー・”タム”・デバカームさん

渡されたメニューの冒頭にはこうあった。

「食材をよみがえらせる。タイ料理を再構築する。」

 

伝統的タイ料理と聞いて私たち外国人に思い出されるのは、トムヤムクンに代表されるような、ナムプリックと酸味とコブミカンの香り。甘酸っぱさとココナツのミルキーな味わい、そして豊富な柑橘類の酸味とハーブとスパイスだ。
…という認識もかなり大雑把なもので、南北に長いタイの中でもバンコク周辺で食べられてきた料理を「タイっぽい」と感じているにすぎない。

 

タイの料理は、地方ごとの特色でまとめると大きく4つに分けられる。(「世界の食文化 タイ」(農文協)による)
バンコクと他地域の料理が融合した中部、地味で繊細な料理の北部、食材の種類が多く力強い味の東北部、そして海産物に多く依存する南部だ。
それぞれが料理の成り立った歴史的地理的な経緯があり、また、隣国の影響を受けている。
北部ではシャン族の、東北ではラオスの、南部では中国南部やベトナムなどの食文化の影響が強い。
だから、北部と南部では食材や味付けがかなり異なるという。

 

それら、かなり趣の異なる地方料理から再構築されるタイ料理は、刺激的で楽しい。

もちろん、現地在住の人たちは元ネタを知っていることの面白さがあるはずで、その解像度は旅行者には望めないものではある。
けれども知らないからこそ、先入観なしで料理に向かい合えるアドバンテージがあるし、タイ全土を旅行しているように、タイ各地のさまざまに異なる料理を一度に味わうこともできる。

NINTH ABALONE COLOR SPECTRUM RICE
NINTH ABALONE COLOR SPECTRUM RICE

NINTH
ABALONE COLOR SPECTRUM RICE
A colour spectrum of local ingredients showcasing the biodiversity and abundance in Thailand.
コースの終盤、スパイス・ハーブ度強めの料理のあとに出た、味の淡いアワビご飯。
元ネタはカオヤム(カオ(ごはん)ヤム(混ぜる)、タイ南部の混ぜごはん)だろうか。
周囲に色鮮やかに具材が並べられている。
それらの多くは味をつけていない生野菜で、中央のアワビご飯も味は淡い。
ここまでの味の濃い料理は、この淡さを際立たせるためだったのかもと思うほどだ。

 

料理説明には「タイの生物多様性と豊かさを示す、地元食材のカラースペクトラム」とある。
タイの多様性と豊かさを表現した、オレンジ、緑、白、赤紫、茶色など色鮮やかな野菜のパーツ。
「食べる前によく混ぜてください」とアドバイスがある。アドバイスに従い、ひと皿の中の具材を混ぜてゆく。
食べる前に混ぜる仕草はそのまま、各国の文化が交じり合うタイ料理のいまを表現しているようだった。

※追記※
訪問後、バーン・テパはミシュランガイド タイ2023年版で新たに1つ星を獲得し、ベスト50レストランアジアでも46位に順位を上げました。

 

 

BAAN TEPA
https://www.baantepabkk.com/
2369 Ramkhamhaeng Rd, Hua Mak, Bang Kapi District, Bangkok 10240, Thailand
Tel: +66(0)98 696 9074

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