2017年に出かけたレストランやイベントの料理のなかから、今でも鮮明に思い出せるものの備忘録を。
レストランの印象は、そのときの食べる側のコンディションや食材の運などに大きく左右される。その「偶然の変数の運」も含めての記述であることをお許しいただきたい。
2017年に訪れた海外の主な都市は、中国(杭州)、香港(4回)、台北、タイ(バンコク)、インドネシア(バリ島・ジャカルタ)、米国(ワシントン)、シンガポール、タンザニア(ザンジバル島)、エチオピア(アジスアベバ)、パリ。
パリは4時間でのとんぼ返り(↓「番外編」参照)という変則旅だった。
国内では、富士宮、札幌、島田、有田、長崎、京都、奈良、大阪など。
台北と富士宮はコラボイベント絡み。
今回は台北での6hands dinnerなど、コラボイベントで印象に残る料理が多く、15皿のうち、3皿はイベントでいただいたものになった。
とりあげたのは海外4皿、国内11皿。
掲載は時系列で。
トムヤムクン(ラーンクンジム・バンコク/1月)
カオサン通りにある屋台。店にはタイ語の看板しかなく、屋台だから住所もよくわからない。
コブミカンの葉とキノコとエビと生姜とココナツを惜しげもなく突っ込んでいた。スープの濁ったような部分はこれすべて蝦仔。この一杯で、トムヤムクンの概念は確実に変わる。
融合 (レストランビオス・富士宮/1月)
AiDA(和歌山)の小林寛司さんとビオスの坂本啓さんが料理を作り、サスィーノ(弘前)の笹森通彰さんが肉製品やワインの提供とビデオ参加という形で行われた、“3人”で作るコラボイベント。
メインは、意表を突いてネギだった。
岩塩と砂糖で豪快に蒸し焼きにされたネギと笹森さんのブッラータを、小林さんが店の中央で取り分ける。近寄って写真を撮る人で客席も自然に一体となり、和やかな雰囲気に。
農園と食卓が近い環境を、豊かさ・親密さとして演出したイベントになった。
縞鯵(オマージュ・浅草/4月)
見た目に美しいひと品。
中身は縞鯵を細かくしたもの。ディルの緑。それぞれ塩気と苦味担当。
あっさりな前菜に重りをつける、しっかり重いソース。フレッシュチーズにポン酢。それだけでこの深みが出るとは。
オマージュは今年のミシュランで2つ星に昇格した。
百合根のムニエル(星のや東京ダイニング/4月)
ほくほくの百合根を箸で割った瞬間に立ちのぼるバターの香り。
長時間アロゼされたものなのだろう。時間そのものを食べているような感覚がする。
付け合せはこちらも山のもの、長野のウワミズザクラの葉の酢漬けと実。
ウワミズザクラの実は、このサイズで収穫に適当な時期が年に3日しかなく、これより大きくても小さくても、この繊細さが出ないという。
バターに酸味+苦味の組み合わせが心に残る。
焼鵝鳥(裕記大飯店・香港/5月)
香港市内からバスで40分、むしろ空港に近い海辺の深井村は、この裕記を始め、ガチョウ料理の専門店がひしめいている。理由ははっきりしない。
脂の乗った、皮がパリパリにローストされたガチョウは、焼味好きな香港人をとらえてやまない。土曜の夜は順番待ちの客が店外にあふれる。
初訪問は今年5月、香港の達人にご案内いただき、あまりにその味が忘れられず10月に再訪してしまった。
アスパラとスナップエンドウ(サーモン&トラウト/5月)
安田翔平さんと妻の中村樹里子さんが料理を作るイベント。
緑と緑に、緑のソース。
アスパラにエンドウにほうれん草。
ひたすらソースがうまい。発酵のうま味炸裂。グリーンピースを発酵させてつめたものにほうれん草の色と苦味を足してある。
緑一色のみで攻めるこの感じ、フランス料理ではなくモダンノルディック。アスパラガスとエンドウは脇役。
安田さん夫妻とソムリエの江本賢太郎さんは、このあと2017年11月に「Kabi」をオープンした。
舎得(龍井草堂・杭州/6月)
青菜の上湯浸し。「舎得」とは「惜しまない」という意味らしい。
青菜を剥いて芯の部分のみ出す料理で、このひと皿作るのに青菜5kg要るそうな。
この罰当たり感。
けどうまい。コーヒーも欠け豆や虫食い豆を除くだけで驚くほど味が良くなるというけど、それを思わせる……極限まで剥く、それだけのことでこの澄んだ味が出るのかというコロンブスの卵だ。
宋嫂鱼羹(金沙庁・杭州/6月)
中国のレストラン口コミサイト「大衆点評(dianping)」でレビュアーが最も多く注文していたスープ。
衝撃のうまさ。目が覚めるようだ。
魚のスープということだが、鶏ダシを思わせるもったりしたスープだ。
具はタラとフカヒレ少々、野菜、木耳などのうまみが波状攻撃でくる。
こんなに良いと知っていたら、2杯頼んだと思う。
カルパッチョ盛り合わせ(Bogamari Cucina Marinara/10月)
シェフの佐藤亮平さんに薦められて注文した、お昼アラカルトのひと品。
金目鯛、唐津の甘鯛、5日間寝かせたサワラ、アオリイカ。
一つひとつの魚の、ここの時点が最も良いという焦点がきちっとぜんぶ合っている気がした。
魚専門のサルディニア料理店で、お店に魚のショーケースがあり、そこから魚を選んで注文する方式。
大和牛と護摩木 ひもとうがらしと松の実のおが屑(Akorudu・奈良/10月)
アコルドゥが、奈良の富雄から現在の東大寺境内に移転してから初訪問。
生駒山の役行者伝説からアイデアをとり、護摩木の香りを牛肉に移した。
役行者の葛藤が、それにちなんだ食材で表現されている。
秋刀魚/ブーダン/茄子(ode/10月)
9月にオープンした生井祐介さんの「オード」は、瞬く間に話題の人気店となった。
これはコースのシグネチャーディッシュとして位置付けられた印象的な料理。
メレンゲの色味と皿の色を慎重に合わせて構成された。
金木水火土 “Textures”of Taiwanese Sunchoke(Taïrroir 態芮・台北/11月)
台北で、Ta vie(香港)佐藤秀明氏、TaïrroirのKai Ho氏、Odette(シンガポール)のJulien Royer3氏の6hands dinnerが行われた。
トピナンブールの炭スモークとアイスとソース。材料はすべてトピナンブールで、テクスチャと風味と温度を少しずつずらして構成されていた。
このイベントは、3つの国のそれぞれ異なる言語と異なるバックグラウンドをもつ3人が、フランス料理という一つの「共通言語」で繋がったイベントだった。
在仏のジャーナリスト増井千尋さんにお誘い頂いた。3つの国が溶け合った厨房と同様、卓上の会話や料理の説明も、英語、仏語、台湾語、日本語が飛び交うエキサイティングな体験となった。
コルベール、ヘーゼルナッツのソース(CRONY/12月)
正攻法で直球。目の覚めるような火入れだ。
たっぷりのヘーゼルナッツソース。これが濃い血のソースでないところが現代的な印象をいだかせる。
淫蕩な…と形容詞をつけたい、官能的な味と食感。
今年食べた肉料理の記憶を全部吹き飛ばすかのようだった。
金目鯛 蕪(フロリレージュ/12月)
蕪があまりにうまくて、ひと口食べて笑いが出た。
こんなに甘みが出るものなのか。主役の金目鯛を完全に食っていた。
蕪を土鍋で蒸し煮にする。水も塩も微量。コツはもろっとした食感を出すために厚めに剥くことと隠し味のバター。そして日本酒が合いすぎる。
白菜(Il Povero Diavolo・大阪 大国町/12月)
干したあとにくたっと煮た白菜、塩気のある白子、みかんの甘いソースをみかんの皮の甘苦いピューレで締める。
酸味、甘味、苦味、塩味。毎回食べたことのないものが出て来る。目をつぶって食べても、羽田達彦さんの料理だときっとわかると思う。
番外編
JALパリ便ファーストクラス「龍吟」の機内食(11月)
11月に滞在時間4時間、乗ってきた便でそのまま帰ってくるという条件付きで、超格安でJALのパリ行きファーストクラスに乗った。いまはもう発券できない、アラスカ航空の片道特典航空券というやつだ。
「コストはいくらでもかけられる」というFの機内食だけを、往復で立て続けに2日間にわたって頂いた。
機上では人間の味覚は落ちるのだそうで、山椒や柑橘で香りを強調させてあった。龍吟で通常出されている料理と全く異なる料理だ。それでも龍吟らしさは失われていなかった。
さらに番外編
料理がらみではないが、今年の思いがけないうれしかった出来事を、最後に書き記しておきたい。
先日、最近結婚された料理人さんから連絡をもらった。
結婚のこと自体は知っていたけれど、そこには意外なことが書かれていた。
お二人の馴れ初めのきっかけになったのが、私のブログの記事だったのだという。
そのことについてのお礼の言葉があり、続けて「ブログに書いていただいてなかったら結婚してなかったと思います」。
しばらく画面の前で茫然となった。
あんな文章が、こんな形でひとの人生を動かすことになったとは。
幸せのおすそ分けをいただいて、こちらも幸せな気持ちになった。
いつも、何のために求められてもいないものを書いてるんだろうと思いながらこのブログを更新しているけれど、もしこれまで受けてきた恩恵があるとすれば、すべてこのような「形のないもの」「お金に換算できないもの」だった。今回はその中でも、本当に大きくて思いがけないものだ。
人生、どんなことが起こるかわからない。
結婚、本当に、本当におめでとう。
今年もお読みいただきありがとうございました。
2018年も変わらずご愛顧のほどを。