レストランKEIの3つ星獲得が意味するもの

「レジェンドが逝き、レジェンドが誕生した」

1月27日、2020年のフランスのミシュランが発表になり、パリ1区の2つ星Restaurant KEIが3つ星に昇格というニュースが世界を駆けめぐった。
ミシュランの本場フランスで、ミシュランの3つ星を日本人が獲得するのは初めてだ。

シェフの小林圭さんは42歳。長野県出身で、99年に渡仏、03年からパリの3つ星「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」で7年間勤務、うち約4年間はスーシェフを務めた。
11年に現在のRestaurant KEIをオープン、12年1つ星、17年には2つ星を獲得。そこからわずか3年で今回の3つ星昇格となった。

ミシュランは、小林さんの料理を「忘れがたい料理」、「風味の真の名人」「正確で綿密、美を追求している」と評価しているという(共同通信)。

この発表の数日前に、リヨンのPaul Bocuse(ポール・ボキューズ)が50年以上保持していた3つ星から降格になったというニュースがフランス料理界に衝撃を与えたばかりで、報道や料理関係者のSNSなどでは、この二つの話題を合わせて語る人が多く見られた。

「レジェンドが逝き、レジェンドが誕生した」
そのなかで見かけたこのことばが、今年のフランスのミシュランを象徴的に言い表している。

以前レストランKEIの料理を頂いたときのことは、今でも思い出せる。
2014年末のことで、まだ1つ星だった。
改装直後で華やかになった‌インテリアに沿うように、料理も華やかで、その一方で日々少しでも料理を良いものにしていこう…という試行錯誤の跡が感じられる、動きのある料理だった。それと、もう何千回も作られてきたであろう精密な料理との組み合わせが楽しく、この料理が明日、来月…とさらに変わっていくのを追っていきたいと感じたのを覚えている。

ずっと遠い先か、あるいは不可能ではないかと思われた出来事が現実になったという驚きをくれた点で、今回の小林さんの、本場フランスでの3つ星は衝撃的だった。

しかし昨年の結果に、今回につながるきざしはあった。

外国人であるということ



「エトランゼ」ということばを、小林さんは短いスピーチの中で何度か口にした。

「スピーチを用意してこなかった、大変びっくりしている」
総立ちの拍手に押されて壇上に上がった小林さんは、スピーチで、外国人でミシュランの3つ星を取った人間がまれであること、そして師アラン・デュカス氏と、2019年に新たに3つ星になったMirazur(南仏・マントン)のシェフ、マウロ・コラグレコ氏の名前を挙げた。

今回、小林さんをとりあげたニュースで定冠詞のようについている「はじめての日本人の3つ星シェフ」。
小林さんの今回の3つ星昇格は、今後のミシュランの評価の変動を占ううえで象徴的だといえる。

その要因としてルモンド紙であげられているのは、編集長の交代だ。

2018年にガイド総責任者に就いたグウェンダル・プレネック(Gwendal Poullennec)氏は「より若手を、女性を、より多様性を」と、ミシュランの編集方針に当初からダイバーシティ(多様性)を盛り込むことを主張していた。

昨年(2019年)は、その編集方針が現れた象徴的な出来事として、Mirazurのマウロ・コラグレコ氏が外国人で初めての3つ星シェフとなった。また、日本人では、この年には新たに11軒の日本人シェフのレストランが1つ星を獲得、うち2人は女性シェフだった(Virtusの神崎千帆さんとAccents Table Bourseの杉山あゆみさん)。

そこから考えれば、今年の小林さんの3つ星昇格は、遠からず実現することだったといえるかもしれない。
しかし、2つ星になってわずか3年での昇格を予想していた人は、多くなかっただろう。

小林さんとコラグレコ氏は、05年前後に「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」での勤務が重なっている。
フランスで外国人が3つ星を取ることの難しさと、かつての同僚がそれを成し遂げたおそらく唯一の人であったことは、小林さんの念頭にずっとあったのではないだろうか。
フランス出身のアラン・デュカス氏(現モナコ国籍)を除けば、19年のコラグレコ氏が最初の、そして今年の小林さんが2人目の、フランスにおける外国人の3つ星シェフなのだ。

客観性・多様性・サスティナビリティ

ここで、これまで公表されてきたミシュランの評価基準をおさらいしておきたい。
以下の5項目が、ガイドに明記されている。

①素材の質
②料理の技術の高さ
③独創性
④価値に見合った価格
⑤料理全体の一貫性

上記の条件から、ミシュランはもっぱら「皿の上だけを評価する」などといわれてきたが、ここ最近の結果を見るに、評価がもはや皿の上だけにとどまらないことは明らかだ。
レストランが、設えやサービスや飲料などさまざまな要素が集まった総合芸術的なものであるならば、皿の上だけを評価して星をつけるなど、もとより不可能に近いことだからだ。

そこに新編集長の「より若手を、女性を、より多様性を」という編集方針が加わって、評価はより21世紀の今の現実に即した方向になったといえる。
いうまでもなくこの方針は、2015年9月の国連サミットで採択されたSDGs(「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の考え方にも通じる。

また今年から、フランスのミシュランではサスティナビリティを意識した賞が新設されている。
レストランもサスティナビリティを意識すべきだという方針は、昨年のガイドにもすでに記載されてはいたが、該当店は今年から、新たに緑のクローバーのピクトグラムで表彰されているようだ。
資源を保護し、食物の無駄を減らし、再生不可能なエネルギーの消費を減らすことは、美食を追求するガイドブックにおいても無縁ではなくなった。先んじて世界のベストレストラン50でも、数年前からサスティナビリティ賞が設けられている。

レストランの評価軸に、多様性やサスティナビリティが考慮されるようになったことは、100年続くミシュランにして、かなり大きな路線変更に見える。
ミシュランにはこれまで、評価の変動に保守的で慎重と言われてきた歴史があった。新しい店の評価も、また、旧来から評価されてきた店の再評価にも慎重で、それがこれまでは信頼性、確実性という良いイメージで受け止められていた。

ルモンド紙は今回の評価について「歴史的な店の格下げをしようとせず、客観性より情緒的判断を優先してきた旧弊を改めた」と指摘している(朝日新聞)。

情緒より客観を、フランス志向から多様性を、料理だけでなくサスティナビリティを、という路線に舵を切ったミシュラン。この評価が、日本をはじめ他国のミシュランにも影響を与えるのは想像にかたくない。

「外国人である日本人シェフを多く受け入れてくれているフランスに感謝したい」。
小林さんはスピーチでこう述べた。

新しい評価軸は、今年、新たなレジェンドの誕生をもたらした。
それは同時に、フランスの、またフランス料理の懐の深さと、今回の3つ星に続く新たなスターの誕生を予感させる出来事でもあった。

2014年12月の訪問記
Restaurant KEI(パリ) 動いてゆくもの



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