寄り添わせるもの

前回のil Pregio訪問記(2015.10)は→こちら

ネットや印刷物であらゆるものの追体験ができる今でも、絶対に伝わらないのが味覚と嗅覚と触覚だ。
料理という、行かないと追体験できない味覚と嗅覚について書くというのには、毎度なんとなく埋めがたい隔靴掻痒感がついてまわる。視覚でわかることももちろんあるけれど、それは料理の要素のわずかな部分にすぎないからだ。
それでもレストランについて、料理について書く人がこれだけ多いというのは、あらためて考えると、なんと因果なものかと思う。自分もだけど。

今回のil Pregio岩坪さんの料理は、そういうことを改めて思い出させるものがあった。
今日の主役は香り、見た目と食べた感じのギャップ。

お昼のメニューはこの「Pranzo」のみの一本勝負。

本日のメニュー Menu Pranzo

Inizzio(アミューズ)
新玉葱のインカッセッタ
初摘みのオリーヴオイル・クローブ・ パルミジャーノのテーゴレ

Antipasto (前菜)
鰆の40℃調理(金柑のソース・白バルサミコ)
クロスティーニ(鰆のバーニャフレイダ・金柑・からし菜・フェンネルシード)
焼き筍(フランス産仔鳩のラグー・蕗の薹・菜の花)

Primi Piatti (パスタ)
トレネッテ(ホワイトアスパラガス・マテ貝・カルダモン)
ビーツのリゾット(ゴルゴンゾーラのクレーマ)

Secondo Piatto (メインディッシュ)
熟成仔羊の炭火ロースト、アーティチョーク3種の調理・マルサラ・ミント

Dolce (デザート)
檸檬のビッキエーリ(クレーマ・グラニテ・マルメラータ・メリンガータ)
崩しカンノーリ(よもぎ・リコッタチーズ・ピスタチオ・ミルクチョコレート・苺)

見た目がカラフルで、手が込んでいるとわかる、繊細な料理だ。
食べてもその通り。そしてさらに、食材と食材を組み合わせ、意表をつく香りを載せている。
シンプルに調理して勢いで出す料理ではなく、丁寧に計算・構築されていて、どちらかというとフランス料理への親和性を感じるイタリア料理だ。
メン(麺)スキーにとっては、フランス料理にパスタやリゾが出るという、この上ないありがたい組み合わせ。

ilPregio02_trenette

トレネッテはイタリア北西部リグーリアの平打ちパスタ。見た目は白一色のシンプルさ。
それがひと口食べるとカルダモンの香りが前面にぽんと出る。そこにマテ貝のかすかな磯の香りと、ホワイトアスパラの食感とが重なってくる。これは実際に食べてみないとわからない感覚だ。
カルダモンが前面に出ていてもマテ貝の香りが失われず、ホワイトアスパラの食感もまた、失われない。三つの素材が反発せず共存している様子は、なんというか、三題噺のようだ。きちんと着地点がある。

ilPregio01_takenoko

焼き筍。これは苦みに苦みを足していて比較的想像通り。素揚げの油分に筍は、日本料理インスパイアドでなじんだ組み合わせ。そこに鳩のラグー、というところがイタリアンに引き戻す。
シェフの岩坪滋さんいわく、「イメージとしてはラグーは肉味噌です」とのこと。なるほど。水分をぎりぎりまで切ってある。

ilPregio03_agnello

メインの仔羊。これも見た目を良い意味で裏切られる。
ひと口食べて強く香るのは燻製香。焦げ目がない低温調理のはずなのに。
提供直前に炭火でいぶしてある。それが、直火でないとつかないはずのメイラード反応がついているように感じる。火入れと香りのいいとこどりだ。そこにドライエイジング香が乗る。
ドライエイジングは1週間。士別のしずお農場さんで。肉そのものはオーストラリア産の白サフォーク種。わずかに直火で火を入れ、そのあと低温で1時間火を通しているという。

ilPregio04_cannoli

カンノーリの再構築は、このよもぎの香りが最後の”キメ”だ。
カンノーリはシチリアの郷土菓子で、硬めの小麦粉生地を巻いて中にリコッタチーズなどを詰めたもの。今回のカンノーリは、生地にもよもぎが混ぜ込まれている。
この青臭さは抹茶じゃ出ないだろうな。抹茶だと、もっと鮮やかで都会的で、そして、ちょっとありふれた感じになったはず。よもぎ粉は、カンノーリをもっと素朴な感じに寄せる役目をしている。よもぎの香りに苺が合うのは意外だった。

岩坪さんに、料理に載せる香りについて訊いてみた。
この前の訪問時に印象的だったクスクスの陰の主役、ガラムマサラのことを思い出したからだ。
「まずは食材があり、そこにどんな香りを載せるかを考える」という。岩坪さんにはその引き出しがたくさんあるとみた。今回のマテ貝とカルダモンのように。これも、引き出しの一つをあけて見せてくれたということだろう。

――岩坪さんにとってこのときの香りって何ですか? 食材に香りを足す感じ? あるいは重ねる感じ?

「うーん、寄り添わせる感じ、ですかね」

ああ、なるほど。
そうなんだよね。
やっぱりというか、”らしい”。まさに「料理は人なり」。
足す、とか、重ねる、ではなく「寄り添わせる」。
この言葉を選ぶ感覚こそ、岩坪さんの、料理に向かう姿勢を本当によくあらわしていると思う。

il Pregio(イル・プレージョ)
東京都渋谷区上原1-17-7フレニティハウス2F
TEL 03-6407-1271
定休日 水曜日、第一木曜日
代々木上原駅から徒歩5分。



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