一期一会の12皿 2020

2020年に出会った料理のなかから、今でも鮮明に思い出せるものの備忘録を。
昨年は、1月のウガンダ訪問を最後に、海外にまったく出ない一年となってしまった。
年に10回程度は海外に出てレストランを訪れるようになってから四半世紀近く経つが、こんなに国内にいるのは初めてのことだ。

レストラン関連の国際的なイベント――日本開催(佐賀)が予定されていたベストレストラン50の発表は中止となり、ミシュランをはじめレストランサイトの授賞式などもすべてオンラインになってしまった。
そんな昨年。
これは世界中の人々に平等におとずれた災厄でもある。

緊急事態宣言が終わったのちは、ずっと宿題になっていた国内のレストランを回ろうと気持ちを切り替えた。

2020年に日本国内で訪れた県(1食以上食べた県)は28県。
そのなかでも特に北海道は長めに、広島や関西はそれぞれ年間に3回ずつ訪問することができた。

以下はいつものように、いまでも記憶に強く残っている料理をご紹介したい。
お店の絶対的なおいしさを挙げるというよりは、お店と自分のコンディションや波長が合ったことによる幸せな出逢いの記録だ。

(掲載は訪問順)

◆Simples(静岡)1月
どうまん蟹のパスタ
静岡の有名な鮮魚店サスエの魚をフルで使った無国籍or魚イタリアン的な自由な料理。
牡蠣や雲丹などのミルキーな部分に、酸味や塩味を的確に合わせる。
貴重などうまん蟹の内子や身を爽やかなレモンオイルで合せた冷製パスタは、蟹のパスタの概念が変わる鮮烈さ。
「サスエの魚を使っている『から』旨い」のではないと思った。魚はもちろん素晴らしいが、シェフの井上靖彦さんに魚を扱うセンスが備わっているのだろう。


◆L’EAU清水崇充氏・Amaru吉野勝二氏コラボ(東京)1月
なめこ/穀物/ハーブ

L’EAU清水崇充さん x (元)Amaru吉野勝二さんコラボディナー@ L’EAU。
メルボルンで働く吉野さんが好き放題やって、ホスト役の清水さんが重しとなり要所要所の料理を着実に締めるという感じのコース。ふたりの作風が違うことがコースに心地よいリズムを作っていた。
最初のふた皿が飛び抜けて良かった。なめこと穀物を煮てホエイのスープを合わせ、多種のハーブを合わせるポリッジ。ホエイとオイルとなめこの風味と食感の組み合わせの妙にうならされた。ふた皿目のサーモンも良かった。

吉野さんの料理はフランス料理を逸脱しており、オーストラリアかアメリカっぽい。
破綻気味あり大ホームランあり、若々しい攻める料理だ。

◆akai(広島)2月

鞆の浦のハリイカとホワイトアスパラ
19年5月オープン。35歳以下の若手料理人の登竜門「REDU-35」で2017年にグランプリをとった赤井顕治さんのイノベーティブレストラン。
丘の上の築80年の古民家をモダンに改装。赤井さんはフランス料理を経由しいまはそこに日本料理のエッセンスを取り入れつつ、地元広島の料理を推し進めている。

鞆の浦のハリイカとホワイトアスパラは白の世界。
同じ色の食材を繊細に組み合わせて、日本料理のようなそぎ落とされた美を見せる。
この日のエゾシカのローストにコニャックのソース、低温で蒸した江田島の牡蠣、どれも忘れがたいものだった。

11月に再訪。このときの落花生のおかゆも良かった。落花生と水と塩とコメだけの、引き算のひと品。
赤井さんが「この路線でいいんだ」とふっきれるきっかけとなった料理なのだという。


◆aru(豊橋)2月

晩白柚・ワサビ菜・モッツァレラ
愛知・東三河地域の野菜や肉がもつ甘みや苦味を構築的に組み立て、良さを引き立てるフランス料理だ。
シェフ鈴木琢さんとソムリエでマダムの彩さんの二人三脚で営業。
10品程度のコースには、食材に柚子ビネグレットなど自家製発酵調味料を効果的に差し込む、シェフ鈴木琢さんの独創性が感じられた。
鈴木さん、パリ修業時代はSolaにいらしたとのこと。
アミューズのトマトのタルトから味の組み立て方が独特で、食感もよかった。

◆crony(西麻布)6月

甘鯛と焼きナス、茄子のムース
春の終わり、夏の初めの料理。
ナスは焼きナスとムースの2通り、アマダイも軽い。
瞬間で喉を通過していった。
色も味も淡い。淡彩の絵の具を重ねたようで、すべてがぼんやりして曖昧な、日本人に親しい湿気のようなものを思わせる。

見た目はどれも白を基調とした単彩の絵画の雰囲気。今回は敢えてそうしたのだという。色を単一にすることで味が引き立つ。
味そのものは淡く、日本料理の雰囲気にも通じる。

cronyは2021年2月1日付で、西麻布から東麻布の一軒家に移転した。


◆ドロワ(京都)7月

リドヴォ、大原いんげんと大原バジル
いまではおそらく少数派の、ソースと食材の響き合いを主体とした、懐かしさすら感じる王道フランス料理。懐かしさといっても古色蒼然としたそれではなく、ソースの味わいは料理に現代的なニュアンスを加える。その新しさがシェフ森永宣行(のぶゆき)さんの料理の真骨頂だ。

この日の出色はリドヴォ。付合せに京都大原のインゲンとバジル。ソースはソースマレンゴとのことで、軍鶏がベースだからか。味つけはしっかりでもテクスチャはあくまで軽く、森永さんの試行錯誤のあとが見て取れる。
オマールの風味も加え、バジルの香りとともに食べ進むリドヴォは心が震えるような鮮烈さ。
キュウリのスープの前菜も良かった。夏の定番らしい。これはジンで香り付けしているそうだ。


◆味道広路(北海道)8月

イカと原木椎茸、インゲンの辛子ごまよごし
味道広路の酒井さんの料理が食べたくて北海道に飛ぶようになって3年目となる。
今回もどこにでもありそうに見えて、控えめな辛子と多めのゴマのバランスなど計算し尽くされた味で呆然となった。都会の懐石料理は無論、美山荘の摘草のような「鄙」とも違う、酒井さんにしか作れない日本料理だと感じる。
日本料理で独自の豊かさがまだ生み出せるということに、毎度感動の念を深くする。

「焼き茄子と茄子の皮とニシンの塩煮」も良かった。
主役はニシンではなく茄子の「皮」という斬新な料理。
皮は素揚げしてマリネしているという。茄子の皮の香りが、茄子の実より印象深いことに驚いた。


◆ラ クレリエール(東京)8月
キスのガレットと黒トリュフ
8月の終わりに訪れたクレリエール。今年何回か訪れたなかでもこの日の数皿は忘れがたい。
キスとサーモンとチリ産黒トリュフ、ソースがフュメドポワソン、オリーブオイル、バター、そしてバニラ。

黒トリュフとバニラの甘い香り同士の強い組み合わせは優美だった。
特にトリュフは、単に切って加熱しただけでない何か別の奥深い香り。
何だろう。優美というよりは妖艶さというべきか。
キスのクレープの肝はスモークサーモンなのだという。
他の食材の強い香りを、直接の火の影響を受けない燻製香がまとめている。

複層的な香りが単純な足し算でなく掛け算になる瞬間は、フランス料理ならではの醍醐味だ。


◆レストランμ(栃木)9月

香鶏(かおりどり)
レストランμ(ミュー)は、二期倶楽部創業者によって20年7月に開業された新しい宿泊施設「アートビオトープ那須」併設のレストランだ。
20年5月に閉店したレストランビオス(静岡)の本岡将(まさし)氏を統括シェフに、シェフの千葉拓海氏ほか調理スタッフが全員で7名、サービスには、ビオスのオーナーだった松木一浩氏も加わっている。

味の組み立ては構築的で、それでいて、全体を押し出さないやさしさがどの皿にも共通している。
この日出た香鶏。軍鶏などの風味の強い地鶏とは対照的な、淡く柔らかい肉質。レモンであえた薄いセロリ。フェンネルとペルノーのソースは、肉の優しい風味を消さない。

デザートのカモミールのアイスも忘れがたい。
本岡さんがビオスのシェフだった時代に人気があったひと品だという。
カモミールと乳製品がよく合っていた。


◆オテルドヨシノ(和歌山)11月

仔猪のバロティーヌ
手島純也さんが07年に料理長に就任して14年。
古典料理が「いま」どうあるべきかここまでつきつめるシェフは少ないだろう。
この日はジビエなし、鮑なし、魚は時化でダメ…訪問に良い時期ではなく、7皿中3皿クエというやけくそみたいな組立てだったが、料理はさすがだった。

メインの古座川の仔猪のバロティーヌ。
カリッと焼かれた外側と、ふんわり仕上げられた内側。その火入れが超絶技巧ならば、付け合せのピエドムートンとフォアグラの香りのバランスも素晴らしい。ソースは2種。肉のジュとフランボワーズだったか…2種類がお互いを引き立てるように皿の上にあった。


◆Villa Aida(和歌山)11月
真珠豆
アイーダは、自家菜園の野菜を日々の料理に昇華させる店として20年6月に辻静雄食文化賞を受賞し、海外からも野菜を出すレストランとして高評価を受けた。
季節とともに変わる畑を厨房と一体化させるという独自性において、和歌山のみならず国内でも一二を争う店であることは異論がないだろう。
料理はもちろん、この世界観は唯一無二のもの。
この日の出色は真珠豆の前菜。
シルクスイートに白ゴマのソース。落花生と真珠豆、マイクロキュウリにコリアンダーシード。ハーブやスパイス、剰余野菜のピクルス使いの洗練。


◆L’evo(富山)12月

月ノ輪熊(冬)
富山、山奥深い利賀村に12月に移転オープンした新生L’evoを訪れた。
富山の食材の可能性を追求する谷口英司さんの料理は、ここに来てさらに土着の度を深めた感じがした。
この日のコースには月ノ輪熊の料理が2品入っていた。
春の月ノ輪熊と冬の月ノ輪熊。
この「冬の月ノ輪熊」は、冬眠前の月ノ輪熊の脂の薄切りを雉のブイヨンで軽く熱していただく。合わせるのは冬の水菜の根と葉。薄く、繊細な味付けは、冬の眠りに就く前の熊自身の生命を感じさせた。

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2021年も新たな世界に出会えることを願って。
今年もよろしくお願いいたします。


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